国際舞台で陽の目を見なかった天才

1978年、地元開催のワールドカップ優勝により、初の国際大会のタイトルを獲得したアルゼンチンですが、
時同じくして、アルゼンチンには2人の天才が国際舞台にデビューする事となります。
1人は言わずと知れた天才ディエゴ・マラドーナ、そしてもう1人は日本でも活躍したラモン・ディアスです。
若干15歳でプロデビューしたマラドーナは、ワールドカップでも代表候補に選ばれていましたが、
年齢が若いこともあり次点に終わってしまいます。そしてその直後にデビューしたのがディアスでした。
その2人の初めての国際舞台となったのが日本で開催されたワールドユース大会、
マラドーナと、ディアスに牽引されたアルゼンチン代表は圧倒的な強さを見せて見事優勝を勝ち取ります、
そしてほどなく彼等は代表に定着する事となります。

1982年スペインで行われたワールドカップ、マラドーナ、ディアス、そこにケンペスを加えた3人のアタッカーは
紛れもなく相手の脅威となるはずでした。
しかしいざ大会が始まるとマラドーナは激しいマークもあり沈黙、
それに追随するようにケンペスもディアスも本来の力を発揮出来ぬままワールドカップをあとにする事となります。
当時まだ22歳のディアスにとってはこれが最後のワールドカップ、そして最後の代表となってしまいました。
ディアスはその後活躍の場をヨーロッパに移し、そこでも活躍、
しかし代表とは全くもって無縁で結局マラドーナに勝るとも劣らぬ実力を持ちながら
国際舞台に2度と上がる事はありませんでした。